一年中夏がいい

ミラクル・サマーが大好きな人のブログ

櫻井翔と相葉雅紀 〜努力が繋ぐ「期待」の関係〜

こんにちは、すずらんです。もう1本目の記事から1ヶ月ほど経っていたようです……。ううっ…。書きたいものはたくさんあるのに。

 

この記事はさくらばかわいいが口癖のさくらば推しオタクが、精一杯さくらばかわいい贔屓目フィルターを取っ払い、客観的にさくらばの関係性について考えてみた軌跡です。もうかれこれ2、3ヶ月練っていました。長。形式的ですが呼び方も敬称略にしてみました。全力で客観性を追求してみたけれど、独断と偏見にまみれているため、いちオタクのぼやきとして見ていただけると嬉しいです。全ての文の後に「…知らんけど」ってついてると思って読んでください。「あ、お前さくらばかわいい漏れてるぞ」みたいな箇所がたぶんゴロゴロあります。

 

次から真面目モード!真顔で打ちますね。

 

 

櫻井翔相葉雅紀の関係性を語る時、これまで通説とされてきた「男子高校生ノリ」という解釈について私は常々若干の違和感を抱いてきた。いまいちしっくりこないのだ。なぜなら私自身彼らにそのような印象を受けたことがほとんどないからなのだが、それならばなぜこのような印象のズレが生じるのか不思議に思い、色々と考えてみた。

 

そもそも「男子高校生ノリ」と感じられる要因は何なのか。おぼっちゃまくんが好きでともだち○こ(未遂)とかやってるからなのか???「おめでた○きん」「ありがたま○ん」がお誕生日メールの定番になっているからか??????誰でもやるだろそのくらい!!(やりません)

それに限らず、あらゆる場面で突然さらりと下ネタを挟んでくるからだろうか。……にもかかわらず透き通る爽やかさが滲み出てしまうから??きらきらだもんね、さくらばは。(涙)

 

しかし私が思う櫻井相葉の関係性とは、相葉雅紀に高すぎる理想を抱く櫻井翔と、いつまでも櫻井が夢見る「相葉ちゃん」に徹してくれる相葉雅紀、だ。

 

心の底から互いの期待に応えたいと思い、そうし続けている。そこには男子高校生という言葉には収まらない、相手に対する過剰なまでの期待がある。お気づきかもしれないが「期待」は今回のキーワードである。

 

デビュー前はほとんど話したことがなかった櫻井と相葉はデビューしたての頃は「相葉」「櫻井くん」と呼び合っていた。*1バリバリの先輩後輩。しかし活動し心を許すようになるとともにそれは「相葉ちゃん」「翔くん」になり、ついに「翔ちゃん」へと進化した。相葉はデビュー前の櫻井の印象について「怖そうな先輩だった」とのちに語っており、「翔ちゃん」という呼び方はその距離を縮めようという相葉の思いから生まれたもののように思われる。一方、櫻井による「相葉ちゃん」呼び期は長かったが、徐々に「相葉くん」へと移行していった。「相葉ちゃん」と「相葉くん」の割合が逆転したのはかなり最近で、おそらく2011、12年ごろである。(※私調べ。あてにならない。)これはどういった時期かというと、相葉がいわゆる「相葉ちゃん」キャラを脱し始めた時期だ。無邪気で明るくてトラブルメーカーなだけでない相葉雅紀像も出していくと決めたのだ。櫻井の呼び方の変化にはこれを尊重する気持ちが反映されているのかもしれない。

2010年ズームインのインタビュー、10年後の相葉について

櫻井「10年後急にしっとりしてもちょっと嫌だ…。今のままの「相葉ちゃん」のままだけど、年齢的に相葉さんって呼ばれるくらいの感じがいいなぁ」

このように呼び名変遷一つとっても、櫻井相葉の関係性はそこに2人がいるから自然に出来上がっているものではなく、2人が意思を持って「作り上げている」ということが滲み出ている。

 

本筋に戻る。櫻井が相葉に対して抱く理想が高すぎるが故に、付き合いたてのカップル感が滲み出てしまっていることは否めないだろう。さながら恋人に対し恋愛フィルターがかかりすぎてしまっているうぶな高校生のようである。それどころか、もはや彼ら同士でアイドル=ファンの関係が成立しているのではないかとすら思えてきてしまう。

前者については、本物の付き合いたてのカップルならば数週間や数ヶ月で関係は変化するはずだが、彼らひいては嵐はなんと言っても「絶妙な距離感」を保つ達人なのだ。それゆえ膨張した理想像に呆れることもなく、怒ることもなく、理想に応え続けるのをやめることもなく、何年も何年も互いに夢を見続けることができる。男子高校生とはある意味ドライでフランクなノリを共有する人々を形容する表現だと思うが、櫻井が相葉に向ける視線はいつでもどろどろに甘い。ドライとは程遠い。むしろ湿度高めである。

先日のBABA嵐予選第3試合*2でのやりとりを見ていただければ一目瞭然だろう。

シャッフル二回連続発動により櫻井からババが回ってきた相葉。つまり櫻井は相葉がババを持っていることを知っている。

相葉「安全ですよ」

櫻井「あなたは今嘘をついています」

相葉「はっはっは」(`>◇<´)←こんな顔

櫻井「あなたは今嘘をついていますね?」

相葉「…………はい」

櫻井「引きます!」

相葉「はい!どうぞ!」

そして見事にババを引きあて、にやけが止まらない櫻井。

 

相葉編

まずさくらばの関係を紐解く上で相葉サイドに焦点を当てて見ていきたい。

相葉雅紀は求められた自分の役割に対応する力が嵐イチだ。二宮も同様。

近年の傾向で言えば、求められる相葉雅紀というのは「一緒に汗を流してくれる優しい相葉ちゃん」(O)「いつも隣で飾らない相葉さん」(N)「太陽のようにそこにいてくれる相葉くん」(J)、それから「いつでも笑っている幸せの使者、相葉雅紀」(S)。(もちろんこれらが全てではないが)この四者四様全てのニーズに自然と応えているのが相葉雅紀という人物なのだ。

 

「untitled」ツアーでケーキはんぶんこ契約をしていたさくらばは象徴的かもしれない。*3

※嵐はコンサートの楽屋にケーキのショーケースがあり、沢山のケーキが用意されている。

櫻井「今日ケーキがいっぱいあって全部食べたかったんだけど、全部は食べられないから、相葉くんに半分食べてもらうって契約結んだの。俺の残したケーキは相葉くん用なの。」

相葉「そう、だから俺が食べてるスイーツ全部中古なの、全部食べたいって言うから」

松本「筋トレ終わって楽屋戻ったらケーキがいっぱいあって全部一口ずつ食べられてるから何事かと思った……」

(台詞は複数のレポをもとに構成しているので曖昧です)

私「中古て……」

このエピソードは完全に相葉が櫻井に付き合ってあげているという構図だ。そしてなかなかシュールでパンチがある。さすがさくらば。櫻井が変なことを言い出さなければ変なことにならなかったタイプのさくらばだ。

 

何が言いたいかというと、相葉はおそらく今求められる自分がどのような姿なのかを無意識に判別し、対応している。いやらしい性格のように聞こえるかもしれないが、全くそうではない。無意識にキャラ作りをしている、と言った方がわかりやすいかもしれない。先日配信されたNetflixのAiba's Diaryからも相葉のこの性質が見てとれる。初めは意識的にキャラクター性を持たせていた可能性もあるが、なによりも相葉の根っからの性格として環境順応力が抜群に高いのだと思われる。だからこそ櫻井は、そんな相葉の前では持ち前の長男レベルを少し下げて、同じ目線から物事を目一杯楽しんでいるのかもしれない。

 

櫻井編

「幸せって何なの?笑顔溢れること。」
(櫻井ソロ Hey Yeah! 2014)

もし櫻井に幸せとは何かと問うたら、相葉雅紀、と返ってくるのではないだろうか。
笑顔=幸せ の方程式を持つ櫻井にとって、「楽しいから笑うんじゃなくて笑ってれば楽しいことがあるかもしれないから笑う」を信条とする相葉は、言葉通り何もないところから幸せを生み出せてしまう人なのだろう。まるで魔法使いである。

 

櫻井の期待編

では櫻井が抱く相葉への期待とは具体的にどのようなものなのか。思い出せる範囲で書き出してみる。

相葉くんにはナポリタンとアイスボックスが好きでいてほしいし、焼肉はカルビしか食べないでいてほしいし、ライブの遠征にはくまのぬいぐるみ持って行ってほしいし*4、エプロンはうさぎ柄であってほしいし*5、いつまでもダイレクトカンチョー小僧であってほしいし*6、ディスコスター様は永遠に星に帰らないでほしい。さすがに夢見すぎである。

VS嵐opトーク、好きなパスタの話。他の三人が和風スパゲティやカッペリーニなどが好きだと紹介した後すかさず櫻井は一言。

「相葉くんはナポリタンね」
「……っ!ちょ、まってよ…バジリコとかおしゃれなのいいたいじゃん」( ´>◇<`)💦

かわいい。ちなみにもちろん相葉はナポリタンが大好きである。

相葉には「優しくって少しバカ」というソロ曲があるが、これは櫻井が好きなタイプの相葉雅紀だ。(櫻井がこの曲自体を好きなことは言うまでもない。)というか相葉雅紀に限らず、優しくって少しバカなひとは櫻井のタイプなのではないかと思う。好きでしょこういう子。知らんけど。


最弱王になっちゃう相葉雅紀、塩ひとつまみをひとつかみにしちゃう相葉雅紀、今年を一文字で表すところを一言で表しちゃう相葉雅紀、Lotusをるーたすと言い間違えちゃう相葉雅紀、手紙を書いたら泣いちゃった「相葉ちゃん」。ほら、溢れんばかりの優しさとちょっぴりの愛らしい不思議ちゃん。


櫻井はある意味、相葉雅紀に求める笑顔のハードルが嵐イチ高いのではないかと思う。二宮大先生はしゅんとしてる相葉も何かにイラつく相葉もそのまま受け止めるけれど、櫻井と相葉は笑顔協定でも結んでいるのではないかと思うほど相葉が常に笑っている。櫻井サイドは笑いの沸点が低く、誰の前でも本当にずっと笑っているので一旦ノーカン。一度注目してみてほしい。本当にずって笑っている。

 

番組で櫻井がメンバーをテーマに即興作詞をした際、相葉について「彼の周りにはいつも大きな花が咲いた」と歌ったことがある*7が、ここから二つのことが見えてくる。
①櫻井にとっての相葉は明るく眩しく、その周りには花が咲くように見えているのである。さすがにファンの私でもそこまでのフィルターは併せ持っていない。さくらばを見ていると、櫻井の目にはどれほど愛らしい相葉が映っているのだろうか、と思わされることがある。相葉を見る櫻井はもうそれはそれは慈しみ深い表情をしているのだ。そんな彼の特別なビジョンを作詞という形で見せてもらえたことに感動を覚えざるを得ない。
②櫻井の目に映る相葉はいつでも笑っていて、周りの人(人に限らないが)をも幸せの渦に巻き込んでしまう。いつでも。おそらく相葉は、櫻井の前ではあまり辛そうな表情を見せることはないのではないかと思う。もちろん彼らは私が想像できないほど長く長く同じ時を過ごしてきたため、ネガティブな感情を完全に隠しきっていたとは考えられない。しかし、翔ちゃんの前では笑っていたい、と相葉が願っていてもおかしくはないくらい「『櫻井が目にする』相葉」は常に笑顔なのだ。

 

相葉雅紀を直視する櫻井編

しかし夢にあふれた相葉雅紀像を持つ櫻井が時々等身大の相葉を直視することがある。つまり「ちょっぴりおバカで、すっごく優しい相葉くん」だと思っていた人が「俺のできないことをなんでもできるかっこいい相葉くん」になるのだ。そんなの惚れちゃうよな、わかるわかる。

 

2011年

俺の千葉(正式名称「嵐の男2人旅第一弾!翔ちゃん、俺の千葉で初めての夏休み」)で自分の好みを完全に把握している相葉雅紀を目の当たりにした櫻井翔は、その後相葉があらゆる方向でかっこよくなっていくことをまだ知らない。何も知らされずにあんなに楽しい企画を繰り広げられたらたまらないだろう。秘密裏に自分を喜ばせるために重ねられた打ち合わせ、何も知らされずに千葉へ行き、漁港で大好きな海鮮を用意してもらい、最高に楽しいマリンスポーツを満喫し、お腹が空いたと思ったら手料理を振る舞われ、赤裸々に将来を語り、疲れたと思ったら温泉に入り、しっとりと5×10を聴けば隣で感動の涙を堪えている気配を感じ、最後にお約束の落とし穴も忘れない。

櫻井「女の子が男性にデートを考えてもらって連れてってもらったらこんな感じなんだろうなっていうの、今日の俺」

それはそう。

 

2018年

それから早7年弱……。もう一つの大きなターニングポイントだ。相葉マナブに櫻井が出演した回ではひたすらに収穫の手際の良さ、料理の腕、番組進行のテンポの良さを目にし、驚き、賞賛していた。感心するなどというレベルではなかった。櫻井の口から「相葉くんすげぇ」が止まらない止まらない。美味しいお蕎麦を食べにきたはずがわけもわからないうちに椎茸の菌を埋めて、たけのこを掘り、セリやネギを抜いている。

相葉「アクもなにもないんだよね」

渡部「ゆがかなくていいんだもんね、ぬかとかも」

農家の稲葉さん「粘土質だからアクが少ないんですよ」

櫻井「アクやら粘土質やら何を言ってるんだかさっぱりわからない……」

相葉「ネギボウズだ、とうが立ちまくりじゃないですか」

櫻井「とうが立つって何?ネギボウズって何?」

自分が知らない事、わからない事、できない事を当たり前のように知っていてサクサクとやってのける相葉(俺千葉のペペロンチーノの時のようなハリボテの自信ではなく経験をしっかりと積み知識を身につけた)を見た櫻井はどんな気持ちだったのだろうかと考えるだけで胸が熱くなり夜が明けてしまう。グーテンモルゲン。

 

それから、特定のイベントや番組ではないが、櫻井は常々「相葉くんが動物と触れ合っているのを見ると勇気もらう」だったり「朝早く起きてジムとか行ってるの、尊敬するよ」など自分にできないことができる相葉に憧れの混じった尊敬の眼差しを向けている。

 

第一段階では相葉が「備えていた」笑顔で人を幸せにする力(もちろんこれは努力によるところも大きい)、に夢を見ていた櫻井が、第二段階として相葉が「身に付けた」技術や努力を知ったのだ。つまり、「期待され、それに応える」という二人の関係が、櫻井がさらに尊敬すべき相葉を直視したことで、元々行われていた理想化が加速しているのだ。 

 

総括

櫻井は相葉の対応力に甘えてる部分が大いにあると思う。頼ってもらってるのはめちゃめちゃ嬉しいし兄貴心(あにきごころ)にバシバシ刺さるけど、一方で相葉が長子だということも重々承知している。翔ちゃん翔ちゃん、と来てくれることが嬉しく、相葉のもつお兄ちゃんみを一旦忘れさせてもらって、かわいく甘えてもらうこの関係に落ち着いてる感。

お互いそれを承知していて、一緒にいることで楽しさが最大化されるような「自分」になっている、というだいぶ大人な関係なのではないか。ありのままの自分というよりは、両者どこか少しだけ背伸びをしながら隣にいるのかもしれない。

二人とも人間としての土台がしっかりある上で、宙に浮いてきらきらな夢を見ているようなイメージ。骨の髄まで共依存ではないので共倒れはしないし、何も考えずに全てをさらけ出せる兄弟でもなく、もちろん幼なじみでもない。この人の前ではこの人の望む自分でありたい、と互いに強く思っているからこそ成り立つ、きらきらと夢に溢れた関係。

 

だからこそ関係性を保っていくのに人並み以上の努力がいるのだ。二人ともが同じビジョンを持っているから変わらない関係が続いているのではないか、な〜んて、さくらば観察者(読み:ウォッチャー)の私は思うのだ。

 

💫

*1:私はいわゆる「永遠の新規」世代より後に嵐ファンになったのでデビュー前の話などはのちの本人やファンの皆様の発言頼りです。

*2:2020年4月16日放送 VS嵐

*3:2017年11月19日 札幌公演MC

*4:いざッ、Now。コンサートMC

*5:「青空の下、キミのとなり」通常盤収録 ウラアラトーク2015

*6:2018年3月1日放送 VS嵐

*7:2019年6月15日放送 嵐にしやがれ

はじめまして

はじめまして、すずらんといいます。

この度、ブログを開設いたします!!!ひゅ〜ぱふぱふ!🥳

 

ネットに溢れるオタクによる熱くて面白いブログに憧れてずっとずっとずーっとブログ開設したいな〜〜〜〜〜!!と思っていました、が、やっと重い腰を上げてぽちぽちと文を打っています。楽しい!!!!!!ツイッターツイッターで楽しいけどブログ楽しい!!やったーーーー!!!!!

 

ということでまずは自己紹介から。

 

さくらばさくらいしょうさんが好きです。そうです、3つのベン図(ベン図の3つの円?)の重なったところにさくらいさんがいます。愛。

 

嵐を中心にオタク年表とかオタク履歴書の形で人生振り返ってみようかな。ちょうど就活中で人生を振り返る機会でもあるのでどうせならオタク人生もまとめてみたい。私が楽しいから。

 

私の嵐第一章(小学生〜中学生)

ちょっと恥ずかしい。でものちにこう名付けられることになるこの時期は、今となっては大事な時期だったことがよくわかります。

 

私は東南アジアのとある都市に住んでいたので何も考えずにテレビをつければ嵐が映っていたわけではありませんでした。今考えればふっつ〜うに違法なんですけど、日本人が多く住んでいる地区には日本のテレビをダビングしたものを貸したり売ったりするビデオ屋さんのようなものが存在していたので、うちの家族はそんなところから日本のバラエティーやドラマにアクセスしていました。(本当にあれはただの違法です……。家のテレビではお金を払えばNHKワールドは映りますが民放は無理です)

 

そんな中、小学生高学年だった私はごく自然な流れで嵐に触れる事になりました。私はオタクのみんなが教えてくれる「沼に落ちた瞬間」の話を読むのが大好きなんですけど生憎私には「瞬間」と呼べるものはありませんでした。気づいたら嵐が好きで、気づいたら櫻井翔が好きでした。もう、なんでだろう。わかりません。

 

2007年ごろからいろいろな番組を見ていたな〜とぼんやり覚えています。細かい記憶はないけれど宿題くんや「ひみつのアラシちゃん」初回放送などを見ていました。他にはMステ、うたばんなどの音楽番組やドラマも。でも当時の私には「芸能人のファンになり、応援する」という概念がありませんでした。というか何かを強く好きでい続ける「ファン」の存在を知りませんでした。みんながいろんなものをぼんやり好きな状態で生きてると思ってた。

 

そのため番組は追っているけれどCDを買うわけでもなく、無論ファンクラブに入るなどという発想はない典型的な茶の間ファンでした。当時のメンバーの呼び方は「リーダー」「翔ちゃん」「相葉ちゃん」「ニノ」「松潤」でした。典型的。超てぃぴかるですね。かわいい。

 

茶の間でふんわり嵐が好きだった私が「嵐が好きだ」と認識したのは10周年の頃だと思います。2009年。例のビデオ屋さんで5×10のCD(コピーだけど…)を買ってもらい、ずっとずっと聴き続けていました。だから、今でもCrazy moonまでのシングルは「ベスト盤に入っている曲」という印象がどうしても抜けません。曲が終わると脳内で次に流れる曲はカップリングやアルバム曲ではなく、ベスト盤の次のシングル曲です。あとコピー盤が何故か初回限定盤だったのでCool&SoulやRe(mark)ableも「ライブでやるかっこいい曲」よりも先に「ベスト盤に入ってる曲」でした。思い出は後からついてくるんだ。

 

あとはお母さんと一緒にインターネットの海で真夜中の嵐まごまご嵐を見ていました。ボート部大好きだったなあ。また見たい。

 

きっかけはもはや覚えていませんが、ずっと嵐に触れる中で、楽しそうな五人が好き→櫻井翔が好き→さくらばが好き、と好きな対象が増えていった気がします。嵐を好きになった理由順は バラエティー>ドラマ>歌 かな。なので一人が好きになってからその人が属するグループも好きになる、という順番ではなく、五人の空気ありきでその中でさくらいさんが好きになったという流れです。

 

小6の時に日本に帰ってきてからはちゃんとCD買って番組も全部録画して頑張っていました。初めて買ったシングルはTo be freeです。あの夏は三ツ矢サイダーを沢山飲んだなぁ。大好きなシングルです。国立で歌ってほしい。

 

この辺りで私は「嵐はコンサートで歌って踊る人たちなんだ」という認識を持ち始めた気がします。日本にいなかった私にとっては、コンサートをやっていることは知っていても、実際にコンサートが行われていて、人々がそこに足を運んでいるという実感は全くありませんでした。初めて買ったライブDVDは「君と僕の見ている風景(国立)」です。私の中で嵐のコンサートは国立がデフォルト。

 

中学に入るとファンクラブに入るという概念が生まれ、銀色の会員証を手にしました。

 

嵐第一章の私には10周年以降の嵐が全てで、過去の映像を見ることを避けていました。昔のコンサートDVDにはなかなか手が出ない。おそらく、曲や演出を「古い」と感じてしまうのが嫌だったんだと思います。あとは、ある程度雰囲気やトークの役割などが固まった頃に好きになった私にとっては、調べれば調べるほど自分の知らない嵐が出てくるのが怖かったのかな〜なんて……。生意気ですね。今はいくらでも昔の映像が見たいヨ〜〜〜〜!!!みんなきゃわいいよ!

 

2011年、Beautiful world期が私の嵐第一章でもっとも熱が大きかった時期です。そのためか私の中のさくらいしょうさんのデフォルト(なんだそれは)は29歳のお兄さんです。謎ディで毎週毎週騒いでいました。

 

Popcorn、極寒の福岡で初めてコンサートに参戦しました。何も覚えてないけど楽しかった。2012年は全力でロンドン五輪を見ていましたね。

 

二次元にハマる(中学生〜高校生)

中学に入ってからは人生ゴロゴロ変えられました。それまでアニメなどを見ていなかった私がヘタリアを入口にアニメやニコ動文化に触れることになりました。そして徐々に二次元の世界と嵐にかける時間が逆転していった感じ。テレビは全くと言っていいほど見なくなりました。

まあでもこの時に色んな世界に触れて良かったと思っています。ニコ動ってなんであんなに楽しかったんだろう。

なんとなく王道のアイドルよりもちょっと斜に構えた世の中の捉え方にかっこよさを感じちゃうお年頃です。ボカロやMMDも楽しかった。確実に私の一部を成しています。その後とうらぶやらにもハマります。ソシャゲソシャゲ。

 

【事件】アイドリッシュセブンが面白すぎる。事件です。ありなっちがキャラデザをするというので事前登録して配信を待っていました。しかしこれがまた最高のコンテンツでした。はあ〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!人間ッッッッッッ!!!!って感じです。とりあえずストーリーを読んでください。よいので。必ず後悔はさせません。男の子たちがアイドルになり、成長していくアドベンチャーゲーム()です。たぶん。

 

アイナナの沼にどっぷり2年ほど浸かっていたある日、私は楽しくアイドリッシュセブンの妄想を膨らませていました。アイナナってどんなライブをやるんだろう、セットリストはどんな感じかな、演出は?

そこで私は思い出しました。あ、私、アイドルのライブについてよく知ってるぞ………CDもDVDも沢山持ってる………あれ………………????????

 

嵐第二章(大学生〜)

そうです。彼らです。

2017年5月、私はアイナナの妄想をするべく再生したアラフェス'12を見て、彼らの凄さを再度目の当たりにした。「嵐、すごいな……」「え?すご、いい曲しかないじゃん……」「生バンド贅沢すぎる…最高」ある日を境に私の世界の中心がアイナナから嵐になりました。徐々にではなくズバンッと変わりました。びっくり。もう自分のことは信用しないことにしました。

 

大学に嵐ファンの子がいたこともあり、3、4年越しにレギュラーを見てみるとVSで歌を歌っていて動揺し(I'll be thereでした)、相葉くんが月9をやっていて動揺し、追いかけ始めていると、ふととあるCMが目に入りました。「ARASHI  Are You Happy? now on sale」ほう……ライブDVDか……気になるなぁ……でもライブを見るならばまずはアルバムを買わないと。(出戻りオタクはそのへん詳しい)

オタクは昔の畑での推し方やお金の掛け方を全て知っているので出戻りは一瞬でゴロゴロゴロゴロと沼の底に落ちることができます。本当です。気をつけて。(?????)

 

そしてあゆはぴのCDとDVDを買いにCD屋さんへ…お店にあったあゆはぴジャケ写のポスターの可愛さにやられました。こんなに、ふにゃふにゃな顔をして、楽しいんだね君たちは…よかったね、って。(誰?)

 

そしてあれよあれよという間にファンクラブに入る私。今回のメンバーの呼び方は「大野さん」「さくらいさん」「相葉くん」「にの」「じゅんちゃん」になりました。(年齢順の扱いがシビアですね)絶対黒歴史になるから早めにやめたほうがいいんじゃないか?????でもこれでしっくり来てしまってるのでしばらくは変えられなさそう。

 

それは置いといて、アイナナ→嵐の突然の革命を経験した私は「明日自分が何を好きになっているかなんてわからない」ことを肝に銘じて生きることにしました。

 

そこで定めた自分ルールが次の3つ。

  1. さくらばが連載の当番じゃない雑誌は買わない。
  2. 会員制のJohnny's webはどんなに入りたくても最低一年は我慢する。2018年5月になっても入りたかったら入る。
  3. ファンでいることが義務になったらやめる。

 

一つ目は、しばらくは守ったけれど無理だった。さくらいさんのグラビアは最高なのでやっぱり買っちゃうし。ラプラス期はたぶん全ての雑誌を買った。国宝。

二つ目は守った。

三つ目は今でも同じ想い。嵐第一章の最後の方の私は義務感でCDを買っていたり、始めたことを辞めるのが嫌でFC更新したりしてました。でも、ただただ溜まっていく録画とか、気持ちが追いつかないのに形だけを保とうとすることはとても辛いんです。だからしんどくなったらやめてもいい、って気持ちでオタクやってます。そんなの、本当に好きじゃないじゃん!って思うのもわかるけれど、私は自分の性質を知ってしまった以上こうするしかないんです。

私には昔のように「何があっても一生大好き!」なーんて言葉を吐くことは許されません。明日の自分が同じ気持ちかどうかなんてわからないから。私は自分のことを信用していません。明日気が変わるかもしれない自分を恨んでいるわけではなく、義務感でファンをやらないことを一番にすると決めているだけです。私は私が好きなものを楽しく推す私が好きなのです。

永遠を約束する資格はもうない。なので私はさくらいさんのお誕生日に毎回次のような言葉を添えています。

「永遠を約束することはできないけど、今年もまた一年好きでいさせてください」

自分の「好き」を確認して、(自分のことだけど)その「好き」がまた一年続くことを願っています。契約更新。嵐が嵐であることは仕事だけど、私が嵐を推すことは趣味です。仕事ではありません。

 

少なくとも私は、放っておいてもずっと同じものが好きでい続けられることはありません。だからこそ自分との約束事を決めているし、何より、楽しくオタクができたらな〜と思っています。だって嵐のオタクってこんなに楽しい!!!!!!!!わっほい!

 

最後になりますが、嵐第二章で私が感動したのは、2017年末の雑誌ラッシュでズラッと並ぶTV雑誌の表紙が全て嵐だったことです。年末年始特別号(おそらくその年で一番売れる号)の表紙を飾ることはすなわち日本で一番求められていることを意味します。第一章の私は嵐のそのような光景を何度か目にしていましたが、「いつか年末の表紙も後輩に替わられるようになって、何年後かには全部変わっちゃうんだろうな」なんて非常に失礼な心配をしていました。ただ、2017年の変わらぬ書店の光景一つで私は嵐がトップであり続けるためにどれだけ努力したのかを思い、本当に本当に感激しました。変わらずにそこにあり続けてくれてありがとう、私はずっと見ていたわけではないけれどずっと人々のそばにいたんだな、と思いました。ありがとう。あの感動は忘れません。

 

と、ここまででオタク履歴書…なのかな……?こんなんでいいのか?まあ私が楽しかったのでいいです。まる💮!嵐第一章、二次元どっぷり期があっての嵐第二章の私だと思っているので、自分の人生まじ楽しいなって思います。(スーパーポジティブ)

 

これから楽しいことをいっぱい綴っていこうと思うのでどうぞよろしくお願いします〜〜♡

 

💫